RAG(検索拡張生成、Retrieval-Augmented Generation)とは、検索と生成を組み合わせた自然言語処理技術です。大規模言語モデル(LLM)は膨大なデータをもとに学習していますが、未学習の情報や最新の知識には対応が難しく、事実と異なる回答を生成するリスクがあります。
RAGはこの課題を解決するために外部情報を取り入れて回答を生成します。この仕組みにより、信頼性の高い情報や企業独自のナレッジを活用しながら、効率的かつ正確な回答を提供できるのが特徴です。ビジネスや業務の効率化が求められる中、RAGは多くの分野で注目され、その可能性が広がっています。
RAGとは
RAG(検索拡張生成、ラグ、Retrieval-Augmented Generation)とは、検索と生成を組み合わせて回答の精度を高める自然言語処理技術を指します。大規模言語モデル(LLM)は膨大なデータをもとに構築されていますが、新しい情報や学習していない内容には対応が難しく、事実と異なる回答(ハルシネーション)を生成することがあります。この問題に対処するためにRAGが用いられます。
RAGでは入力内容に関連する外部情報を収集し、収集した情報とともに入力をLLMに与えることで、正確な回答を生成します。例えば、モデルに事前に関連情報を提示することで学習済みデータだけに依存する場合よりも事実に基づいた回答が可能になります。
RAGを活用することで社内情報や最新のデータを参照しながら回答を生成することが可能になります。この方法により、従来のLLMが抱える課題を克服し、企業の内部ナレッジやリアルタイムの情報を活用できるようになります。
RAGの利点はLLMの既存の強力な能力を活かしつつ、モデルの再トレーニングを必要とせずに外部情報を統合できる点にあります。そのため、さまざまな分野や状況で関連性や正確性を高める費用対効果の高いアプローチとされています。また、RAGは出力結果の根拠を明確にし、誤情報を減らす効果も期待されています。
RAGが注目される背景
RAGが注目される理由は、LLMが抱えるいくつかの課題を解消できる点にあります。まず、LLMは過去のデータをもとに学習しており、新しい情報や最新のデータに対応するのが難しいという弱点があります。このため、日々変化する情報を扱うタスクでは不十分な結果を生むことがあります。
LLMは企業の内部情報のようなクローズドな情報、公開されていないデータを扱うことができません。そのため、業務に特化した回答や社内データに基づいた分析を求める場合、通常のLLMでは対応が困難です。また、LLMにはハルシネーションと呼ばれる、事実と異なる情報を生成してしまう問題があります。LLMには情報の正誤を判断する仕組みがなく、誤った情報も自信を持って回答してしまうことがあります。
RAGはこうした課題を解決するアプローチとして注目されています。RAGでは信頼性の高い外部データベースを参照し、必要な情報を検索して取得するプロセスを組み込むことでLLMが生成する回答の精度が向上し、ハルシネーションの発生を抑えることができます。
生成AIの活用が進む中で、企業の社内情報や最新のデータを組み込んだAIの利用が求められています。例えば、RAGを活用すれば、企業独自のデータを利用した正確な回答や分析が可能となり、従来の生成AIでは対応できなかった業務特化型のタスクにも対応できます。RAGは、LLMの強力な言語生成能力を活かしながら、信頼できるナレッジソースを組み込むことで、回答の品質を向上させる有効なアプローチとなり、企業や組織が生成AIをより柔軟かつ安全に活用できるようになります。
RAGの強み
RAGには、LLMでは対応が難しい課題を解決するいくつかの強みがあります。
LLMの追加学習が不要
LLMに社内情報や専門的な知識を学習させる場合、ファインチューニングや転移学習が必要です。このプロセスでは高性能なGPU環境と長時間の学習が求められるため、コストが大きな課題となります。また、頻繁に学習を繰り返すことは現実的ではなく、最新情報を迅速に反映するのも難しくなります。
一方、RAGではLLMの追加学習が不要です。必要な情報を外部から検索し、その結果を基に回答を生成する仕組みのため、低コストで運用可能です。この特性により、最新の情報を活用した正確な回答を容易に提供できます。
情報更新の容易性
RAGは外部情報の文書やデータベースを更新するだけで最新情報を即座に反映できます。大規模言語モデルを単独で使用する場合、情報を更新するにはモデルの追加学習が必要ですが、RAGではその手間を省けるため、コスト削減にもつながります。
出力結果の信頼性
RAGは外部情報の検索結果を基に回答を生成するため、出力結果に明確な根拠を持たせることができ、回答の信頼性が向上し、LLMが事実と異なる情報を生成するハルシネーションのリスクも軽減されます。
ファインチューニングとの違い
RAGとファインチューニングは、生成AIを活用する方法としてよく比較されますが、その目的や手法には明確な違いがありますが、用途に応じて協調して使用することも可能です。例えば、RAGで最新情報を取得し、ファインチューニングされたLLMで特定の形式に従った回答を生成するような組み合わせが有効です。
最近の研究では、やや古いモデルをベースにファインチューニングした特化モデルよりも、最新の汎用モデルを活用する方が高い精度を得られるケースがあることが示されています。そのため、タスクに応じた最適な手法の選択が重要です。特に、社内情報を検索するアプリケーションや特定の事実に基づくタスクには、RAGが適しているといえます。
RAG | ファインチューニング | |
目的 | 外部情報を検索して回答を生成する仕組みを持ち、特定の事実に基づいたタスクを得意としている | モデルに追加学習を施すことで特定の形式や言語処理タスク(翻訳や特定の文体での生成など)に対応している |
手法 | 外部データベースから必要な情報を検索し、LLMがその情報を利用して回答を生成するため、LLM自体の追加学習は不要で、既存のモデルをそのまま利用できる | 独自のデータを学習済みのLLMに追加学習させ、特定の知識やタスクに対応する能力を高めるため、高コストと時間がかかるため頻繁な情報更新には不向き |
得意分野 | 特定の事実に関するタスクに有効 | 特定の形式に関するタスクを得意とし、特定の口調やロジックを持った回答を求められる場合に有効 |
プロンプトエンジニアリングとの違い
プロンプトエンジニアリングは、生成AIに望ましい回答を生成させるために、指示や質問を設計する技術です。ChatGPTのようなLLMを操作する際に、適切なアウトプットを得るために入力を工夫します。
プロンプトエンジニアリングではエンジニアリングの専門知識を必要としないため、比較的簡単に実行できます。生成AIに対する入力内容を変更するだけで実現可能で、RAGに比べて必要なデータが少なく、コストを抑えられる点が大きな利点です。
プロンプトエンジニアリングには入力できるデータ量に上限があるという制約があるため、大量の情報を処理するには不向きですが、RAGは膨大なデータから関連情報を検索し、回答生成に利用する仕組みのため、大規模なデータセットの活用が可能であり、より正確で信頼性の高い回答を生成できます。
そのため、プロンプトエンジニアリングは簡便で迅速に生成AIを活用したい場合に適している一方で、大量のデータを参照しながら高精度の回答を求める場面では、RAGが優れた選択肢となります。
セマンティック検索の違い
RAGとセマンティック検索は、大規模言語モデル(LLM)を活用する際に使用される技術ですが、それぞれ異なる特性と役割を持っています。
RAGはLLMが外部データを参照して回答を生成するプロセス全体を指します。従来のRAGではキーワード検索や単純な文書検索が中心であり、検索結果の質が限定される場合があります。また、開発者がデータの準備として、単語埋め込みや文書の分割といった作業を手作業で行う必要があることが課題となります。
一方、セマンティック検索は、上記のような準備作業を自動化し、関連性の高い情報を効率的に抽出します。検索結果には、関連度の高いパッセージやトークンが順序付けされ、RAGが利用するコンテキストの品質を大幅に向上させることができます。
上記のような違いがあるため、RAGでは広範囲な外部データを活用して回答を生成するための包括的なプロセスとして有用であり、反面、セマンティック検索では特定の質問に対して高精度の情報を取得し、RAGの結果を強化する手段として機能します。この2つを組み合わせることで、LLMの出力精度と信頼性をさらに高めることが可能です。
RAGの仕組み
RAGは、検索フェーズと生成フェーズの2つの主要なプロセスで構成されます。このシンプルな仕組みを通じて、大規模言語モデル(LLM)の性能を向上させます。
検索フェーズ
検索フェーズでは、ユーザーの質問に関連する情報を外部データから収集します。
- ユーザーが質問を入力
- AIが文書やデータベースから関連情報を検索
- 検索結果として適切なデータを取得
この段階では、AIに扱わせたいデータをあらかじめ用意することで、ハルシネーションのリスクを軽減できます。例えば、社内データや信頼性の高い外部データを利用することで、正確性と信頼性の高い情報が得られます。RAGを使ったアプリケーションでは外部データに質問を照合し、関連文書を取得することでLLMに無い知識を補うことが可能になります。この検索フェーズが、RAGの「検索で拡張する」特性を表しています。
生成フェーズ
生成フェーズでは、検索フェーズで取得したデータをもとにLLMが回答を生成します。
- 検索結果とユーザーの質問を組み合わせたプロンプトを作成し、LLMに入力
- LLMがプロンプトをもとに自然言語処理で回答を生成
- 生成された回答をアプリケーションがユーザーに表示
このプロセスでは、検索フェーズで取得した文書が回答の質を左右します。LLMに送信するプロンプトに関連文書を含めることで、ユーザーの質問により適切な回答を生成することができます。
RAGのメリット
学習していないデータを活用できる
RAGを用いることでLLMが未学習のデータも利用できます。最新の情報や特定のドメイン知識、特に、非公開の情報や社内データを取り入れた回答が可能になり、企業の業務効率化やノウハウ活用が進みます。
最新情報への対応
RAGは外部情報を直接検索して利用するため、LLM自体を追加学習させる必要がありません。外部データを最新化するだけで常に最新情報を基にした回答生成が可能になります。この仕組みは、頻繁に情報が更新されるニュースや統計データの利用に適しています。
回答の信頼性向上
信頼性の高い外部情報を使用することでハルシネーションのリスクを抑えられます。また、参照元を明確に示すことで、回答結果の確実性が向上し、ユーザーの信頼を得られます。
非公開情報の利用
RAGは社内データベースに保存された顧客情報や業務マニュアルなど、非公開情報をもとに回答を生成することが可能です。この特性により、社内用AIチャットボットや特定用途のアプリケーション開発に適しています。
コスト効率の向上
LLMのファインチューニングには高額な計算コストや開発リソースが必要ですが、RAGではその必要がありません。外部情報の検索を生成プロセスに組み込むだけで済むため、初期投資や維持費用を抑えられます。
ユーザー信頼の強化
RAGによってLLMは情報の出典を提示することが可能です。ユーザーは回答の正確性を確認でき、必要に応じてソースドキュメントを調査できます。この仕組みはユーザー体験を向上させ、生成AIへの信頼を強化します。
RAGを用いたアプリケーションの例
社内の問い合わせ対応
RAGを利用すれば社内の問い合わせ対応システムを効率的に構築できます。業務マニュアルや社内規定をデータベースに登録するだけで、専門知識や高度なプログラミングスキルがなくても運用が可能です。従業員が対応していた問い合わせ業務をAIが代替することで、従業員はより優先度の高い業務に集中でき、生産性の向上が期待されます。また、初期設定やデータの整理は必要ですが、対応品質を一定に保つことも可能です。
チャットボットによるカスタマーサポート
カスタマーサポートではFAQやオペレーションマニュアルを外部情報として活用し、顧客対応を効率化できます。RAGを活用したチャットボットは問い合わせに対し迅速かつ正確に回答できるため、従来の手作業による検索や対応の負担を軽減します。さらに、対応時間外や土日祝日でも稼働可能であり、顧客満足度の向上が期待されます。電話やメールでの問い合わせが減少すれば、顧客のストレスも軽減できます。
コンテンツの作成
営業資料、製品カタログ、ブログ記事などのコンテンツ作成にもRAGは有用です。RAGを活用すれば自社フォーマットに合ったコンテンツを効率よく生成できます。加えて、画像・動画・音声なども生成可能なため、顧客の関心を引きつける多様なコンテンツを提供し、エンゲージメントの向上に繋がります。
データ分析
市場データやトレンド、消費者フィードバックを収集し、分析することもRAGの応用例です。自社で収集した顧客データやアンケート調査結果を基に、市場レポートや競合製品の評価を生成できます。RAGは膨大なデータを効率よく処理し、人間では気づきにくい傾向やデータの相関関係を発見できるため、意思決定を支援するツールとしても有効です。
RAGを導入する際の注意点
生成結果が外部情報に左右される
RAGは登録された外部情報を検索して回答を生成するため、データベースに誤った情報が含まれている場合、回答も正確さを欠く可能性があります。そのため、外部情報は定期的にファクトチェックやメンテナンスを行い、常に正確なデータが使用されるように管理することが重要です。
情報漏えいのリスク
RAGは検索対象の外部情報に機密性の高いデータが含まれていても、その情報を回答に利用する際にリスクを判断することはできないため、意図せず機密情報が漏えいする可能性があります。対策としてデータベースへのアクセス制限や登録時に機密情報を除外する措置を講じる必要があります。
回答提示に時間がかかる
RAGではデータベースから情報を検索するため、LLM単体を使用する場合に比べて回答の提示に時間がかかることがあります。特にデータベースの規模が大きい場合、処理時間が長くなる傾向があります。応答時間が長い場合、顧客の満足度低下や離脱リスクにつながる可能性があるため、次のような対策の検討が必要です。
- 応答時間の遅延を事前に顧客へ明示する
- データベースに登録する情報を必要最小限に抑える
- 高速な検索アルゴリズムを採用する
運用範囲の明確化とリソース管理
RAGを活用するには、適切なノウハウと運用方針が求められます。すべてをAIに任せるのではなく、人が手を加えるべき範囲を明確にし、効率的に運用することが重要です。また、社内リソースが不足している場合には、外部専門家への委託やパートナーシップを活用することも検討してください。
最後に
RAGは生成AIの性能を向上させるための技術として、さまざまな業務やビジネス分野での活用が進んでいます。外部情報を活用する仕組みにより、最新のデータや企業独自の情報を用いた正確な回答生成が可能になります。ハルシネーションを抑え、信頼性の高い情報を提供するだけでなく、運用コストを抑えながら柔軟に適用できる点がRAGの魅力です。今後もRAGの導入により、業務の効率化や顧客対応の質向上を目指す取り組みが広がることが期待されます。